東京都港区にある愛宕神社には、出世の石段があります。

出世の石段

その由来は講談で有名な「寛永三馬術」の中の曲垣平九郎(まがき・へいくろう)の故事にちなんでいるそうです。

徳川家の三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺を参詣した帰りに、愛宕神社の下を通ったところ、愛宕山には源平の梅が満開でした。

家光公は、その梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられましたが、愛宕山の石段はとても急勾配だったので、家臣たちはみな下を向いているそのときに、この石段をのぼりはじめた者がおりました。

家光公が、近習の臣にその者の名を問うたところ、「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)と申す者でございます」との答えが返ってきました。

平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。

平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられているそうです。

なお、愛宕神社がある愛宕山は標高25.7メートルで、天然の山としては23区内で一番の高さだそうです。




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